剪断緩和時間と粘性
液体は流れ、固体は流れない。 このノートのレベルでは、液相の定義はこれで十分だが、少し話を広げよう。
一定の剪断
固体の剪断弾性率
液体のことは忘れて、小さな剪断を受ける 1 辺が$L$の固体に注目してみる。 剪断によって、$x$軸方向に高さ$y$に比例する変位$u_x$が生じる。
$$ u_x = \gamma y \tag{1} $$
$y=L$のとき、変位$u_x$は立方体の上面の変位に等しくなり、これを$l$とおく。 こうすると$\gamma = l/L$を得る。 剪断歪みは$(x, y)$成分を持つ歪みテンソル$u_{xy}$であり、これは次の式で与えられる。
$$ u_{xy} := \frac{\partial u_x}{\partial y} \tag{2} $$
したがって、次を得る。
$$ u_{xy} = \gamma \tag{3} $$
固体はこのようなステップ剪断歪みに対して弾性的に応答する。 これを歪みに対して比例する応力$\sigma_{xy}$として以下のように書く。
$$ \sigma_{xy} = Gu_{xy} = G\gamma \tag{4} $$
この式では、固体の剪断弾性率$G$を定義する: 誘導応力は小さなステップ歪みに比例し、その比例係数が剪断弾性率である。 応力は時間的に減衰しない。 固体は流動しない。
液体の剪断弾性率
液体に同様の小さな剪断をかけてみよう: 時間$t^\prime$のとき、液体に式(1)のステップ剪断を掛ける。 液体が流れるということは、時間$t^{\prime\prime} > t^\prime$にて、応力が部分的に緩和するということである。 系が平衡状態にあり、時間並進対称性(TTI: time-translation invariance)が成立し、線形領域であれば、式(4)を次の式で一般化できる。
$$ \sigma_{xy}=G(t^{\prime\prime}-t^\prime)\gamma \tag{5} $$
ただし、$G(t-t^\prime)$は時間依存する剪断弾性率である(線形応答緩和関数、あるいは線形ステップ歪み関数とも呼ぶ)。 この剪断弾性率は、時間に対して減衰する。 固体ならプラトーに向かって減衰していく一方、液体の場合は$G(t\to\infty)\to0$となる。 したがって全てが時間スケールに依存するため、固体は流れず液体は流れると言う場合注意しなければならない。 また、液体は十分短い時間であれば、剪断に対して非ゼロの弾性応答を示す。 これは Maxwell の考えによれば、ある時間スケールよりも短い時間では、液体は(力学的には)固体のように振る舞うというものである。 この時間スケールは、剪断緩和時間$\tau_{R}$の基本的な定義である。
$$ G(t)=G_{\infty}\exp(t/\tau_{R}) \tag{6} $$
ただし、$G_{\infty}$とは、無限周波数領域での剪断弾性率である。 Maxwell モデルでは、指数関数的な緩和時間が 1 つだけ存在する。 実際の液体ではもっと複雑で、次の式のように多くの成分の重ね合わせかもしれない。
$$ G(t)= \sum_{i}G^i_{\infty}\exp(t/\tau_{i}) \tag{7} $$
この場合、多かれ少なかれ任意の方法で$G(t)$から 1 つの時間スケールを抽出しなければならない(一般的には、最大の緩和時間を持つ成分に注目する)。 しかし、問題の本質は変わらない: 液体の剪断緩和時間は、応力緩和関数$G(t)$の減衰を支配する。
時間変化する剪断
剪断弾性率よりも十分小さい時間において、液体は非ゼロの剪断弾性を見せる。 もし液体に周期が$1/\tau_R$よりも十分大きい周波数の周期的な剪断を掛けると液体は流れない。 他方、もし時間が緩和時間よりも十分大きければ、応力は緩和する。 これは$\tau_R \sim 10^{-13} \rm{s}$となるような高温領域ではあまり意味がないかもしれない。 ところが深部過冷却液体では、緩和時間は非常に大きく($\tau_R \sim 10-100\rm{s}$)、幅広い時間幅で非ゼロの弾性応答見せる。
ここで時間依存する任意の剪断歪み$\gamma (t)$を考えてみよう。 この場合、歪みが何段階も蓄積された結果として、下の式のように応力が蓄積されると言える。
$$ \delta\sigma_{xy}=G(t-t^{\prime})\delta\gamma(t^\prime)=G(t-t^{\prime})\dot\gamma(t^\prime)dt^{\prime} \tag{8} $$
適用した剪断が$t<0$でゼロ、$t>0$で非ゼロとすると、下の式のように積分することで応力を得ることができる。
$$ \sigma_{xy}(t)=\int_0^tdt^\prime\ G(t-t^\prime)\dot\gamma(t^\prime) \tag{9} $$
この式では時間依存性を持つ剪断弾性率$G$は記憶関数としての役割を持つ。 特によくあるケースとして、$\dot\gamma=\rm{const}$のとき、式(9)は次の形になる。
$$ \sigma_{xy}(t)=\dot\gamma\int_0^tds\ G(s) \tag{10} $$
通常の液体では、剪断緩和関数$G(s)$は$1/s$よりも速く減衰し(補足: $t > 0$領域で積分しても発散しない)、$t\to\infty$の領域で線形剪断歪みに対して、一定の応力を発生させる。 線形剪断歪みに対する応力の割合を粘性$\eta$と定義し、以下の式を得る。
$$ \sigma_{xy}=\eta\dot\gamma,\quad\eta=\int_0^\infty ds\ G(s) \tag{11} $$
式(6)のような Maxwell モデルについては、式(11)を解けて下の式を得る。
$$ \eta=G_\infty\tau_R\tag{12} $$
ここで、後で役に立つであろう次元について触れておこう。 せん断弾性率は、単位表面あたりの力で表され、通常、c.g.s.系で測定されて単位は $\rm{dyne/cm^2}$ である。 粘度の単位は$\rm{dyne\ sec/cm^2}$ であり、$\rm{Poise}$とも書く。
興味深いのは、液体でも固体でもない柔らかい物質があることである。 $G(s)$が$1/s$よりもゆっくりとゼロへと減衰していくとき、剪断緩和関数は無限時間で積分できない: 長時間掛ければ剪断は緩和する(この意味では流動するので固体ではない)が、粘性は無限大である(つまり液体ではない)。 式(10)から、一定のせん断速度に対する応答は、時間に対して無限に成長する応力であることがわかる。 逆に、例えば重力のように一定の応力を受けると、これらの材料は流れるがその速度(: 剪断速度[16])はどんどん遅くなる。 このような系は、しばしば$G(t) \propto 1/ t^\alpha\ (0 < \alpha < 1)$となったり、あるいはダイラタント化合物であったりするため、ときに"power law fluids"と呼ばれる。 シリーパテは、ダイラタント化合物の良い近似である。