Hornpipe 講座 | ICF 2025

Hornpipe 講座 | ICF 2025

主なテーマとして、Hornpipe のリズムに対する認識を根本的に見直すことで演奏の改善を皆さんと試みます。 具体的には、リズムの跳ねは Hornpipe の本質ではないということを実際に体験していきます。 また、他のリズムと比較することでリズムの弾き分けができるようにします。

  • Hornpipe の捉え方
  • Reel, Barndance, Hornpipe の比較

課題曲については曲覚えの時間を取らないつもりです。 予め予習しておくとスムーズだと思います。 初心者から経験者まで全員にとって実りある時間になってほしいと思っているので協力よろしくお願いします。

今のところトピックについて実例を交えて40分程度お話しつつ、残りの時間で皆さんとHornpipeのリズムの取り方を実践していけたらと思っています。 こうすればHornpipeになるよ!という具体的な弾き方ではなくて、Hornpipeを弾く上で意識すべきことは何かという考え方の話をする予定です。 質問や議論も講座の時間内外かかわらず積極的に受け付けます。 ここで聞いてくれても結構ですし、何らかの手段で僕に直接聞いても大丈夫です。

課題曲

両方できるかわかりませんが、1 曲目を中心に旋律が追える程度に練習してみてください。

ABC 譜で書かれているので、適宜 https://editor.drawthedots.com 等で音を確認してください。

Mickey Callaghan’s Fancy Hornpipe

八木さんというコンサティーナ弾きから覚えました。 また、 Mary MacNamara の Workshop でも採り上げられた曲です。

Hornpipe のリズム感を掴みやすい曲だと思ったため課題曲として採り上げました。

X: 1
T: Mickey Callaghan's Fancy
K: Gmaj
R: hornpipe
M: 4/4
L: 1/8
Q: 160
|: BA | GE DE GA BA | GE DE GA Bc | dB eB dB GB | A2 AG A2 BA |
      | GE DE GA BA | GE DE GA Bc | dB eB dB GB | A2 G2 G2   :|
|: Bd | e4    ed Bd | d4    dB GB | c4    B2 AG | EA AG A2 BA |
      | GE DE GA BA | GE DE GA Bc | dB eB dB GB | A2 G2 G2   :|

音源は全音下げの Bb/F コンサティーナを使っている点に気をつけてください。

The Humours Of Tullycrine / Mikey Callaghan's
performed by Mary MacNamara

The Stack Of Rye

私の好きなフィドラー兼作曲家の Junior Crehan の曲です。

音の長さに気を払い、リズムを重たく感じとって演奏してみてください。

X: 1
T: The Stack Of Rye
K: Ador
R: hornpipe
M: 4/4
L: 1/8
Q: 160
|: AB | c2 ec Bd dB | AB AG E2 ED | GA Bc dB eB | dB AB G2 AB |
      | c2 ec Bd dB | AB AG E2 ed | B2 BA GA BG | A2 AG A2   :|
|: Bd | ea ag a2-ab | ag ed e2-ed | eg fa g2-gg | ge dB G2 AB |
      | c2 ec Bd dB | AB AG E2 ed | B2 BA GA BG | A2 AG A2   :|

サブスクリプションでは取り扱いがないのですが、irishtune.infoにて最初の 12 秒を聴くことができます。

Junior Crehan をご存知でなかったとしても、彼が The Mist Covered Mountain や The Stack Of Oats も作曲したといえば馴染み深く感じてくるのではないでしょうか。 他にも素敵な曲をたくさん作っている人なので、興味が湧いてきたら曲集を手に取ってみても良いかもしれません。

講座内容

はじめに、本講座では特定の技術を身につけることを大きな目標としません。 現時点での Hornpipe に対する私の捉え方、考え方を伝えることで、Hornpipe だけでなく アイルランド音楽全体を違った視点で見つめ直す機会を作ることを目指します。 特に私が現地で知り、体感した Lift という概念については受講者全員に伝わるまで時間を割こうと考えています。

Hornpipe ってどう弾いていますか?

Hornpipe について、次のようなイメージを持っている人は多いかもしれません。

  • Reel よりも跳ねるリズム
  • Reel よりもゆったりした曲

実際、私も去年の春までリズムに対して以下のような認識を持っていました。 「Reel をゆったりすると Barndance になり、Barndance が跳ねると Hornpipe になる」といった感じでしょうか。

テンポ弾き方拍子
Hornpipeゆったり?タッカタッカと跳ねるように?2?
Barndanceゆったり?滑らかに?2?
Reel速め?滑らかに?2

このイメージは必ずしも間違いではありませんが、こうした枠組みだけで捉えてしまうと、次のような問題が生じます。

  • これはどのリズムなのか?と迷う曲が出てくる
  • リズムを「表面的に」弾き分けることになり、本来の躍動を引き出せない

では、実際に現地の人はどう弾いているのでしょうか?

これは、私が Feakle に行ったときに録音したセッションでの Hornpipe です。 まずは少し聴いてみてください。

Pat O'Connor Session

恐らくみんなの想像ほど跳ねてないしゆったりでもないかもしれませんが、それでも間違いなく Hornpipe に聴こえるのではないかと思います。 つまり、Hornpipe は跳ねやスピードだけで説明できるものではないということになります。

そうなると、今までの見方ではアイリッシュ音楽や Hornpipe の本質を捉えられていない気がします。

実際、Hornpipe 含めリズムの違いを理解するためには、まず アイリッシュ音楽のリズムの根本を見直す必要があります。 そこで、本講座では弾き方を学ぶ前に、リズムと Lift の関係性といったアイルランド音楽の土台となる部分に改めて着目し、そこで得た新たな視点から Hornpipe をはじめとした様々なリズム体感するというように進めていきます。

リズムに対する向き合い方

アイリッシュ音楽の演奏で最も重要なのは、タイトな拍(リズムの安定)と豊かな抑揚(音の波)を両立することだと考えています。

アイリッシュ音楽は、もともと伴奏なしのユニゾンで演奏されるダンス音楽として発展してきました。 そのため、一人ひとりが旋律を演奏するだけでなく、リズムについても各々が主体的に生み出す必要があります。

さらに、アイリッシュ音楽には Lift と呼ばれる特有の抑揚があります。 これは単なる表現の一部ではなく、拍のまとまりの中に波を生み出し、ダンス音楽の根幹を担うリズムと躍動感を与えます。 Lift のある演奏は聴いているだけで体が自然に波に乗るように突き上げられ、ダンスのステップを誘います。 逆に Lift のない演奏は、音符が並んでいるだけで、躍動感のない平坦なものになってしまいます。

どれだけ速く弾けても、かっこいいアレンジを入れても、装飾を細かく加えても、リズムが崩れていたら音楽として成立しません。 まずはアイリッシュ音楽の根幹を担う Lift をしっかりと体感し、アイルランド音楽の持つ躍動感を身につけていきましょう。

Warning

Lift は曖昧な概念であり、奏者の間でも意見が分かれるものです。 今回紹介している内容は私なりの解釈だと思ってください。

拍 とは、一定の時間的な間隔を持って刻まれるリズムのことです。 メトロノームの click! click! に合わせて練習している人もいるかもしれませんが、まさにそれです。

これを規則的にいくつかまとめることで拍子になります。 例えば2つの拍を 1 セットにすれば 2 拍子、4 つまとめれば 4 拍子です。

アイルランド音楽にも様々なリズムがありますが、大まかには拍子によって分類できます。 Polka, Jig, Reel, Barndance などは 2 拍子、Waltz, Slip Jig, Hop Jig などは 3 拍子、そして Hornpipe, Slide, Fling などは 4 拍子です。 ABC 譜っぽく視覚的に表すと以下のようになります。

x: 8分音符

Polka    | xx xx | xx xx | ...             # 2/4 拍子
Jig      | xxx xxx | xxx xxx | ...         # (3 + 3)/8 拍子
Reel     | xxxx xxxx | xxxx xxxx | ...     # 2/2 拍子
Hornpipe | xx xx xx xx | xx xx xx xx | ... # 4/4 拍子

拍を理解することは大切ですが、拍を感じるだけでは不十分です。 なぜなら、拍は音のまとまりを分割する仕切りに過ぎず、そのまとまりの中のことに着目していないためです。

例えば、先程の xxxx xxxx というリズム表記を見ると、まるで音が等間隔に並んでいるように思えるかもしれませんが、実際のところそうではありません。 第一、拍に注目するだけでは Hornpipe と Fling を区別できません。 リズムの持つ特徴や表情を掴むためには拍のまとまりの中にある波を捉える必要があります。

Lift

Lift とは、アイルランド音楽の躍動感を指す言葉です。 単なるテンポや強弱の変化ではなく、フレーズの自然な流れや、音楽のうねりを生み出す重要な要素です。 元々はダンスで使われる言葉のようですが、現地の奏者は拍まとまりのことを指すときもしばしば Lift と表現していました。 よく他の分野でグルーヴと表現されるものに近いと思いますが、 Lift は言葉の通り下から持ち上げられる感覚に焦点を当てている点で異なります。

今回は、Lift の中でも特に拍のまとまりの中にある上下の波に着目し、その演奏への影響について考えていきます。

Lift はどのように生まれるか?

Lift がどこからやってくるかを辿るために、波がどういう動きをするかについて書きます。

拍のまとまりの中にある波は、単純な上下運動ではなく、時間の経過とともに独特な軌跡を描きます。 実際には音の強弱(: Accent, Stress)やタイミングのわずかな揺れ(: Swing)によって、リズムに立体的な抑揚が生まれます。 この抑揚の動きを視覚的に捉えるために、私は 「波の軌跡を円状に捉える」 という考え方を用いています。

私は、拍のまとまりの始まりの音では波が素早く落ち、真ん中あたりで力強く戻ってくると感じています。 この動きは直線的ではなく、ある種の円を描くような動きを伴っています。 これを不均一な円の形として表すと、きっと以下のようになると思います。

円状に表した lift

円状に表した lift

さらに、2/2 拍子で言えば、拍の2, 4 番目の音は均一なリズムに比べてわずかに遅れてやってくると感じています。 また、波が落ちる前、持ち上がる前には、一瞬の予備動作があり、これが一種のタメの役割を担って波のコントラストを際立たせ、リズムに奥行きを生み出すと考えています。 これを時間経過で見た場合には以下のような形になります。

lift の時間経過

lift の時間経過

このように、拍の中のリズムは完全に均等なパターンではなく、細かいタイミングや抑揚にわずかな揺れがあります。 このような微妙な不均一さが音楽のリズムに自然な緊張と緩和を生み、それが lift へと繋がると考えています。

Lift の強さとリズムの種類との関係

Lift はすべてのリズムに共通して存在しますが、その強さには違いがあります。

例えば、Barndance では 4 拍ごとに Lift がくっきりと形作られます。 一方、Reel では Lift はより緩やかで、波の変化が Barndance ほど明確ではありません。 この違いこそが、拍だけを見ても Reel と Barndance を区別できない理由なのです。

また、Reel の Lift はより柔軟に変化します。 Lift が相対的に弱い Reel では、音楽の流れを作るために、 緊張と緩和をより強く引き出す工夫が必要になります。

そのために上がる波のタイミングが意図的にズレることがあります。 すると音の流れが引っ張られたり、それが解放されたりすることでより生き生きとした躍動感が加わります。 また通常は落ちる波が来るはずの部分で、逆に持ち上がる動きが強調されることもあります。 これらにより、リズムに意外性が生まれ、生きた演奏になると考えています。

このように、Reel では Lift の波が柔軟に変化し、それがリズムの多様な表現に繋がると考えています。

紹介

Mark Donnellan が所属する Tulla Ceili Band や Martin Hayes, Mary MacNamaraのような奏者の演奏は特に強烈な Lift が特徴です。 ぜひ聴いて身体が浮き上がる感覚に身を委ねてみてください。

最後に、 Lift について議論が交わされている掲示板を紹介します。

参考にしつつ、ぜひ皆さん自身でも考えてみてほしいです。

Hornpipe のリズムの取り方

ここまで拍と Lift について書いてきましたが、ようやく Hornpipe のリズムについて見ていくことができます。

Hornpipe のリズムの持つ、拍と Lift のバランスが他のリズムとどう違うかを見てみます。 振り返ると、まずReel では拍の流れがスムーズで、Lift は比較的弱めでした。一方、Barndance では Lift が強まり、2拍子の中でよりはっきりとした持ち上がる感覚が生まれます。

Hornpipe はこの Barndance の特徴を引き継ぎつつ、拍子を 4/4 にすることで、より明確に規則的な持ち上がる感覚が生まれるのが特徴です。

また、泊のまとまりの中にあるLiftの波の形状を見ていくと、落ちる波の鋭さと持ち上がる波の力強さが均一に近くなり、比較的綺麗な円状になっているように感じます。 これを図に表すと以下のような感じになると思います。

Hornpipe の lift

Hornpipe の lift

まとめ

最後にこれまで登場してきたリズムの拍と lift の関係を図示しておきます。

Lift拍子
Hornpipe強め4/4
Barndance強め2/2
Reel弱め2/2

「Reel よりも Lift を強調すると Barndance になり、強調した Lift を意識したまま拍子を 4/4 拍子にすると Hornpipe になる」といった感じです。 案外シンプルといえばシンプルですね!

リズミカルに弾くための練習法

最後に、リズミカルに演奏するために私がしてきた練習法を紹介します。 便宜上、テーマに分けて説明していますが、実際にはこれから挙げる題材を組み合わせて練習しても構いません。

持ち上がる波を感じて弾く

Lift という言葉の通り、持ち上がる波はアイルランド音楽の特徴的な抑揚を作るために一番大事な部分です。 上がる波を感じれられるとリズムを2倍のタイミングで感じることになって演奏にグッと安定感が出てきますし、まとまりに表情もつくようになひます。

ですが、上がる波は落ちる波と違って拍のまとまりの途中に出てくるため、意識し辛くズレやすいです。 そこで、メトロノームを使って強制的に上がる波がくるタイミングを自覚できるようにします。

o: メトロノームを鳴らすタイミング

2/2拍子: | xxox xxox | ...
6/8拍子: | xxo xxo | ...
2/4拍子: | xo xo | ...
4/4拍子: | xo xo xo xo | ...

落ちる波が来るタイミングは自力で頑張り、その上でメトロノームの click で身体が持ち上がる感覚を掴みます。

気をつけるべき点としてメトロノームの部分で単に強く弾くのではないです。 あくまで波の形保つように弾きましょう。

旋律の長音を正しいリズムで弾く

付点 4 分音符や 2 分音符のような長い音は長さを端折ってリズムが崩れやすい上、弾いてる身としては自覚しにくいため、速い旋律よりも厄介なものです。 長い音を適切に捉えることができるとリズムの改善が見込めるだけでなく、大らかな抑揚をつけたり、音を省くアレンジを取り入れたりして無理なく緩急のある演奏ができるようになります。 まずは親しみのある曲からで良いので、特徴的な旋律だけ残して長い音を増やしたものをゆっくりと弾いてみましょう。

課題曲の The Stack Of Rye を題材にして次のように弾いてみます。

X: 1
T: The Stack Of Rye
K: Ador
R: hornpipe
M: 4/4
L: 1/8
Q: 160
|: c2-c2 Bd dB | A2-AG E2-ED | GA Bc dB eB | dB AB G2-G2  |
|  c2-c2 Bd dB | A2-AG E2 ed | B2-BA GA BG | A2-AG A2-A2 :|
|: ea ag a2-ab | ag ed e2-ed | eg fa g2-g2 | ge dB G2-G2  |
|  c2-c2 Bd dB | A2-AG E2 ed | B2-BA GA BG | A2-AG A2-A2 :|

曲全体のタイム感を確認する

上記の練習を十分にこなした後に、メトロノームの誘導なく自分の中で正しいリズムを作れているかの確認をします。 これには 2 小節おきに小節の頭にだけメトロノームを鳴らして弾くことで確認できます。

o: メトロノームを鳴らすタイミング

4/4 拍子: | ox xx xx xx | xx xx xx xx | ox xx xx xx |...

更に良い演奏をするための考え方

Feakle で Mary MacNamara さんのワークショップを受けた際、「どうすればより良い演奏になるのか」を段階的に実演していたのが印象的でした。 皆さんも、この流れを意識しながら自分の演奏を考えてみてください。

  • 音符をなぞった演奏
    • 楽譜通りに正しく弾いているが、ダンスの動きにはつながらない
    • 機械的で、単に音符が並んでいる状態。
  • Lift を加えた演奏
    • 音楽に波が生まれ、自然に体が動きたくなる感覚が生まれる
    • ここで初めて「アイリッシュ音楽らしさ」が出てくる
    • 本講座で取り上げる内容はここまで
  • 曲にしたもの
    • フレーズごとのまとまりを意識し、音楽の流れを作る
    • テクニカルな装飾を加えることで、より表情豊かに
  • 個性を加えたもの
    • 自分の心の内側から出てきたアレンジを乗せる
    • 他の奏者の影響を受けつつ、自分の解釈を音に反映する
  • 気持ちを乗せたもの
    • 自分の心の内側から出てくる強弱や緩急を、自然に表現する
    • 曲に込めた想いやその場の空気を音に反映する
  • 幸せを詰め込んだもの
    • 今、演奏できている喜びを音に乗せる
    • 聞く人に幸せが伝わり、一体となる
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